今回みんなで同じテーマで記事を書いてみようという企画で『ずっと独身でいるつもり?』をアマゾンプライムで視聴した。
この映画のことは、企画の発案者であるまめ大福氏に教えてもらって初めて知った。SNS上で話題になっていたそうだが、全然認知していなかった。この企画がなかったらおそらく観なかっただろうから、まめ大福氏には感謝したい笑。
登場人物の誰に共感するかとか、どの男性キャラクターがいちばん気に障るかとか、自分の場合はどうかとか、まあいろんな意見が出てSNS上で話題になるのもうなずける。
田中みな実さん演じる主人公まみは、私達と同じ36歳。松村沙友理さん演じるパパ活女子の美穂以外、市川実和子さんが演じた由紀乃や、徳永えりさん演じる彩佳もおそらく同年代なんだろう。同年代の中でもいろいろな人生があり、それぞれに色々な葛藤がある。それは当たり前のことだと思う。だってみんな違う人間で、違う人生を送っているのだから。
でもそれぞれの葛藤は、ある程度女性というセクシュアリティに縛られている現実によるもので、だからこそ、多くの女性に共通しがちな葛藤であることは確かだ。
例えば「30歳までに結婚した方がいい」「結婚できない女性は欠陥品」「男が外で稼いで女は家を守るもの」「子育ては母親がするもの」「バリバリ働く女はモテない」「親の面倒は嫁が看るもの」挙げればきりがない。これまでの日本人女性の人生のスタンダートとも言える、「腰掛けの就職ー寿退社ー専業主婦で家事や子育てー旦那さんの両親と自分の両親の面倒を看てー自分の子どもに看取られて永眠」みたいな人生が1番幸せだという考えから生まれる固定概念たち。
私もアラサーと言われる時期は、「早く結婚しなきゃ」と考えたりしていたし、以前書いた記事でも言ったが、30代半ばを過ぎた今、ひとりでいることをとやかく言われたり感じたりもしている。
でも結局思ったのだ。今は時代の過渡期なのだと。
映画の中では、2組の両親が登場する。まみの田舎の両親と、まみの年下彼氏である公平の両親だ。まみの両親や親戚は、結婚の報告に対して「やっともらってもらえてよかった」と、結婚できない女性=売れ残りだという考えの発言をする。そして公平の両親は、「女は結婚したら仕事を辞めて夫を支えるもの」だと法律で決まっているのか?と聞きたくなるくらい当たり前のことのように、まみにもちろん仕事を辞めるんでしょう?と確認する。
どちらの発言をする人たちも、まみのパーソナリティについては何の考慮もない。まみの仕事について、生き方について、価値観については微塵も考えず、むしろ考える必要があることにさえ気づいていないように、自分の発言が絶対に正しいという振る舞いで発言をする。おそらくそれは、“女”の人生はそうあるべきだ、それが幸せなんだと信じ切っているからなのだ。
結局、こうした考えの親に育てられて出来上がった人間の代表が公平だったり、彩佳の夫だったりする。公平も彩佳の夫も、女はこういうものという固定概念を自分たちの両親によって自然に植え付けられ、疑っていないために諸々の発言や行動が出てくるのだと思ってしまう。
女だって同じように、そういう旧時代の固定概念に囚われた親に育てられているじゃないかと言われるかもしれないが、女の方が子どもから大人に育ち、今に至る間に世間がハイスピードで変わっている影響を大きく受け体感しているので、同年代の男とは同じではないと思う。自分の母親たちが持てた選択肢よりも遥かに多くの選択肢を現代の女性は持てるようになったことによって、考えをアップデートせざるを得ない状況を生きている。
だから、まみの父親や叔父を除く親戚、あるいは公平の両親のような人たちは、もう老害として諦めるしか無いのではないだろうか。その人達は、自分の人生を幸せだと思って生きてこれた人たちなんだから、もう新しい考え方を取り入れる必要なんて無いのだから。
そしてそういった両親に育てられ、さほど苦労せずに幸せに成長し、それが当たり前だと思って生きている人たち(これは男女問わず)は、もう考えの合わない人だとして避けて生きていくのが懸命だと思ってしまう。だって、今は時代の過渡期なんだから。
きっと過去に当たり前と考えられていた画一的な幸せのカタチが今は通用しない、もとい「幸せのカタチは人それぞれである」と考えることが当たり前になる時代はすぐそこだ。だから、今は諦めよう。過去の固定概念でしか物事が考えられない人に言われることを気にする時間、気持ちは無駄でしか無いと思ったほうがいい、と私は思っている。
新しい時代が訪れて、他人にどう思われるからとかではなく、それぞれが自分にフォーカスして生きていくことができるようになったら良いな、と思う。これが、特定の登場人物に特に共感ができなかった私が『ずっと独身でいるつもり?』を観て考えたこと。
ちなみに、私の両親はありがたいことに考えがアップデートできるタイプだったためか単純に私に対して諦めたからなのかはわからないが、かつては結婚や出産について言われることもあったけれど、今は私が幸せならそれでいいと考えていてくれている。